読んだ本: Stolen Pride
社会学者の Russel Hochschild が一昨年出した本(日本語訳)。Apalachia すなわちアメリカ山岳部の小さな町の人々に話を聞き、彼らがどんな暮らしをし、なにを考えているのか、なぜ 2016 に Trump に投票したのか、などを聞き取り分析する。2016 年に出版され南部の男たちを同じように取材した名作 “Strangers in Their Own Land” の続編と見ることもできる。
この手の「アメリカの高卒白人男性何考えてんだろうね」系の本はいろいろあるんだけれど、Hochschild のこれらの著作は一番信用に足ると思う。どちらも大統領当選の前(選挙の年)に出版されており、あとだしジャンケンをしていない。
Apalachia はアメリカの東半分にある山奥の田舎。前作で取材されていたのは南部。前作は湾岸都会(eg. NYC, LA, DC)の Woke がよそ者ばっかり優遇するのは気に入らねえという話だったが(これは台無しの要約ですが見逃してください)、舞台である南部は必ずしも田舎ではなかった。日本なら大阪や福岡の人が東京モンを嫌うような感じと言えばいいだろうか。Appalachia は長野とか山梨とか福島にある山間の盆地や、その先の山奥みたいな世界。
Stolen Pride を含めた Appalachia を巡る言説には “holler” という言葉が Appalachia 生活の象徴としてしばしば登場する。なにかとおもったら「山奥の集落」のことだった。日本のポップカルチャー的偏見世界観においても山奥の集落はしばしば俗世界から取り残され古い慣習が残る不気味な世界として描かれることが多い。あれを想像するとよい。たとえば Appalachia 出身者は大学に進学すると訛で出身がバレて馬鹿にされることになっている。東京に進学した地方出身者が田舎者として馬鹿にされるステレオタイプと瓜二つ。
Appalachia は百年から五十年ほど前まで石炭の採掘場として栄えていた。今でも炭鉱は残っているが、燃料としての石炭の人気低下に伴い街は廃れた。しかも石炭の採掘ビジネスは外部資本が握っていたため Appalachia には何も財が残らず、採掘で荒れ果てた山だけが残されれた。アメリカの opioid crisis が Appalachia で荒れ狂ったのも、負傷した炭鉱労働者への痛み止めとして依存性を持つ opioid がばらまかれたのが発端。ここ数十年は踏んだり蹴ったりの地域であることがわかる。
・・・という前提知識・ステレオタイプを持つ読者に対し生身の人間の現実やニュアンスを伝え、それを “stolen pride” というアイデアを軸に読み解こうとする。Stolen Pride という切り口だけでなく、抑えた筆致の読み心地が良い。
Appalachia とか気にしたこともない entitled coastal tech immigrant なので勉強になりました。Appalachia 行ってみたいけど正直ちょっとこわい。自分が余所者過ぎて。
Russel Hochschild はフェミニストである。20 世紀に Hochschild が書いた The Managed Heart (邦訳: 管理される心)や The Second Shift (セカンド・シフト) はフェミニズムの古典と言って良い。特に The Managed Heart は “Emotional Labor” (感情労働) というパワーワードを生み出し、現代に至るまで労働の不均衡を訴える女性を後押ししている。
フェミニスト社会学者だったはずの Hochschild が二冊続けて高卒白人男性(だけではないけれど)の本を書いている。それが今のアメリカ。
「管理される心」や「セカンド・シフト」のジェンダーに関する議論は日本にもそのままあてはまる。一方 “Stolen Pride” や “Strangers in Their Own Land” を日本に投影することができるかというと、よくわからない。たとえば「『東京の大卒』とそれ以外」みたいな分断が日本の populist nationalism を裏付けている・・・みたいな話はあるのか。知らん。そういうのは日本のちゃんとした社会学者に解き明かしてほしいところです。