Spinach Forest

April, 2026

/ Agentic-coding diary: ListenableFuture to Coroutine   / Antigravity   / Pocket Casts Search and Recommendations   / 脊髄反射記 #10   / 社会性フィルタ   / Revisiting Whistleblowers   / ... 

Agentic-coding diary: ListenableFuture to Coroutine

Antigravity で少しやる気が高まったのでちょっとコードらしいコードを書かせてみっか、と優先度低めタスクから ListenableFuture の coroutine 書き直し、というのを発掘してやらせてみる。

この特定のタスクは単一のファイルに閉じた作業で単体テストもわりかし整備されているのでイケるかもな・・・と思ったが、ダメだった。

  • クリーンアップ・リファクタリングなので、単純な置き換えだけでなく構造がクリーンになってほしいが、ならない。単純な置き換えも、ちょっとした障壁に邪魔されてあるべき姿にならない。レビューの往復をやっているうちに「自分で書いたほうがはえーわ・・・」という気分になった。
    • ただしレビュー往復のやりやすさは antigravity 大勝利である。インラインコメントつけてsubmit とかさ、これだよこれ。CC にも欲しい。
  • テストのカバレッジがあるから大丈夫なはずだが、どう見ても間違ってるコードを「テスト通りました」とかいうので「やべカバレッジ不足か・・・」とおもったら普通にコケている。お前動かしたんか?何が起きたのか謎だが、そのレベルで信用できないの困りますよ?よく考えたらきちんと trajectory をデバッグして原因を特定すべきだったかもしれない。
  • いざ「自分でやるわ・・・」とやってみたら普通に難しかった。ごめんムリだったねこれは・・・。もともと「ぱっとしない L3 だとムリかな」くらいな難度のつもりだったが、思ったより元のコードがクソだったすまぬ。単一ファイルといいつつ 2000 行くらいあるしなゴミめ・・・。
  • エーアイにコードを書かせながら自分は違う作業をするという算段だったが、作業の粒度が細かすぎ+出してくるコードがダメ、の組み合わせで全然「違う作業」ができなかった。我ながらマルチタスクが苦手すぎる。エーアイ向いてない。

前向きな見方としては、このエーアイ氏が Kotlin を一定程度書けることがわかったのは収穫だった。あと coroutine も表面的には理解していた。今度はもうちょっと簡単なコード書いてみようね。

Antigravity

久々に性能仕事。ちょっといじって、性能測って、またちょっといじって、性能測って、みたいな繰り返しが必要なのでかったりーと気が乗らなかったため、気晴らしにエーアイにやらせてみることにした。

社内にはいわゆる harness が何種類かあるが、そういえば AI pilled な同僚が Antigravity が社内コードベースにも対応してるし出来が良いですよ、と勧めてくれたのを思い出し、試してみた。結果、結構良かった。(こんなまともなアプリを作る力がまだ残っていたのかこの会社と一瞬感心したのち、そういえば acqui-hire だったのを思い出した。)

モデルのアホさはどの harness でも同じだが、 Antigravity は単純に UI の出来が良い。並列のセッションも持てるし、なにかをビルドしたり ADB を読んだりといった時間のかかる作業も非同期に動かしてチャットがブロックされないし。コードの差分を表示してる間も仕事を進めてくれるし。なので、ビルドを待ってる間に「指示マークダウン直したから読み直して」とか「集計スクリプトなおしたから再実行して」とか言える。CC も非同期で色々できるはずだが、自分が使っている範囲ではだいたいブロックするんだよな。もっと裏で色々やってくれるといいんだけど。カスタマイズが足りないのだろうか。

Antigravity とは無関係に「ちょっといじって再計測の繰り返し」という作業もエーアイに向いていた。この作業には何らクリエイティブな要素はなく、コードサーチして特定のパターンで初期化されてるところをコメントアウトする、みたいな作業。業界最先端とはいえない勤務先エーアイも、この指示は危なげなくこなした。

あと少し感心したのは、テストスクリプトの実行中に ADB の接続が切れてエラーになったとき勝手に再実行して実行を継続したこと。作業を始める前は、コードの書き換えはともかく実行と集計はスクリプトで集計できるよなあ(でもスクリプト書くのが微妙にかったるいなあ)と思っていた。しかし下手なスクリプトより出来が良い。なかなかエージェント感ある。裏で TPU を燃やしているだけある。

というかんじでエーアイ氏が微修正 -> ビルド -> テスト実行 -> 結果集計 というループを 15 ターンぐらい丸一日かけてやっている間、自分は人手コーディングを楽しんだのだった。盲点としてはテストに手元のデバイスを使わせてしまったため、自分が書いているコードを試せないことでした。明日は二台挿します。


はじめて Claude Code を触ったときは、この TUI まさか決定版なのでは という気がしたし、今でも家では TUI の Claude Code を使っているわけだが、Antigravity をさわって戻ってくるとやや残念感が芽生えてきたなあ。ターミナルで動く良さはあるし、特に自動化を考えると headless は必須ではある。ただちゃんとデスクトップ向けに UI を作ったほうがどう考えても敷居は低い。ターミナルいくつも開いて並列作業とか、やりたくないです。別に家で Antigravity/Gemini を使いたいわけではないので、first party Claude Code GUI が欲しい。

しかし自分のような Linux ユーザにそういう選択肢は無い。Claude Code Desktop の Linux 版は存在しない (実態は Electron なので謎のハックバージョンが出回ってはいるが・・・) Codex App も同様。その点 Antigravity は Linux 版もあって好ましいが ・・・ Claude Desktop は Linux 版出してくれ!たのむ!あるいは自分がターミナルいっぱい開くウェイに適応するしかないのだろうか・・・。いやですが、Linux ユーザがターミナル嫌がるとどこにも行けないのかもしれませんね・・・。


追記: これを書いた後に Claude Code, Codex のアプリが大幅刷新された。はー Linux 置いてけぼり悲しい・・・。

Pocket Casts Search and Recommendations

Pocket CastsSearchRecommendationsが入ってから数年たった。まあまあ便利につかってるので PSA させていただきます。

レコメンデーション。似た podcast を探せる。精度が高いとは感じないが、そもそも podcast というのはオンラインショップの商品みたいに無限にあるわけではないので、精度の高い候補はしばしば存在しない、そんな中でいちおう無関係ではない何かが表示される。ので、たまに面白そうなものがみつかる。

たとえば、エーアイ podcast 探したいなというときに Dwarkesh の隣人をチェックする、といったことが可能。たどり着くリストはウェブ検索を物色するのと大差ないが、手軽。

サーチ。気になる作家や歌手のインタビューを探して binge する使い方を主にしている。

どこかで気になる新刊書籍を見つけたら、作者のインタビューを探す。新刊の著者はだいたい宣伝ツアーをしているので、大概なにか見つかる。インタビューを聴いた結果読むに至るのは数冊に一冊程度だが、カンで選ぶより書き手の話を聴いてから選ぶほうが良い。

久しぶりに Kotlin なり Python なりにキャッチアップしようかなと podcast を探すと、やはり何かしら見つかる。

サーチは、必ずしもみつかった podcast を sub するわけではない。気になるエピソードをキューに入れておくだけ。sub しないのでやりすぎて inbox があふれる心配がない。

レコメンデーションもサーチも、アプリの中にあると敷居が低い。五年前とかはランキングくらいしかなかったので、良い時代になりました。

脊髄反射記 #10

最近 Instapaper + Kobo がはかどり、若干読み物バックログを消化できた。

社会性フィルタ

自分の保守しているコードに見知らぬ人から突然ゴミコードのレビューが送りつけられてきた。高鳴る心臓。これ社会人としてのラインを保ちつ相手にするの消耗するなーやだなーと思いながらコミットログを読むと、コードの不理解さと噛み合わない自信満々のマークダウン装飾ばりばりエーアイ節。もしやこのクソコードもエーアイか?と一瞬疑うが、既存コードの複雑さは弊社エーアイ様の実力の範囲を超えている。たぶんコミットログを書かせたんだな・・・。

かつてコミットログはコードを書いた当人の理解度を示す指標でもあったが、エーアイによってそうしたシグナルは失われてしまった。一様で表面的な自信と文字数だけがあり、辛い。「劇的に性能を改善しました」とか書いてるけど、それきみのもとのコードが更にゴミなだけじゃん?それわたくしのレビューもなしにいつ突っ込んだ?ぶっころでございましてよ?

はー。出てこい俺の社会性!頼むッと祈りながら帰路自転車を漕いでいるうちに、そうか社会性もエーアイ様に任せればいいじゃない、と気づく。

とりあえず「そのクソコードはおまえんとこで書けこっち来んな」という旨のコメント(と細部の非難)を書き、チャットに「社会性のある文章にしてくれ」と頼む。と、できました社会性レビューコメント!完璧だ!!見るからにエーアイっぽいコメントだが、おめーのコミットログもエーアイだからお互い様だよな?あまりにフレンドリーすぎる部分(書いてくれてありがとう!みたいなやつ)は自分の負の社会性をぶつけて削除しておこう。これがせめてもの人間くささである。喰らえ俺の Work slop! この現代的 passive aggressive に名前をつけたい。


いざエーアイにより温厚化された(元)自分のコメントを読むと、こっちまでなんとなく建設的な気分が芽生える不思議さがある。これ人格矯正ギプスとしてコードレビューのテキスト欄に標準装備でいいんじゃないか。あと各国の大統領も使うと良いと思います。特にソーシャルメディアで。

追記:

エーアイで書いた返事が返ってきた。我々、もう直接に口を利くことはないのかもしれないな・・・

Revisiting Whistleblowers

Author of “Careless People” banned from saying anything negative about Meta | Hacker News

Meta 告発本 Careless People の著者が同社の悪口を禁止される裁定を受けたという記事の HN スレ、著者の Wynn-Williams に関する評価は割れてた。

“Careless People” はテックゴシップ本としてはかなり強烈な部類で、暇つぶしにはわりかしお勧めである。そして強烈さの八割は告発内容のエグさだけれど、残り二割は著者の個性から来ている。WW 氏、かなり濃いキャラである。著者の十代からはじまるこのストーリー、出身地ニュージーランドの海で鮫に噛まれて死にかけるところから始まるわけ。本題に入る前からビビってしまう。そしてこの濃さは終始一貫している。

テック内部告発といえば我らが英雄 Susan Fowler 最近元気かなと調べたところ、去年 “The Problem Of Being Known” というブログ記事を書いていた。内部告発者としての困難が、あのブレのない静かな強い筆致で短く綴られている。読んだらしんみりしてしまった。2017 年の告発以来、2025 年までこれを書かずに来たのは Susan Fowler (今は結婚して姓が変わり Susan Rigetti) の自制心の現れで、強いなと思う。

Susan Fowler の告発は Uber の元社長を退職に追いやった。一方の Careless People の告発としての成果はというと、企業イメージへの追い打ちではあるし TED 系フェミニストとしての Sheryl Sandberg の風評を地の底に落としはしたけれど、本丸たる Mark Zuckerberg はかすり傷もない。せっかくの内部告発の刃がいまいち奥まで届いてない。

自分が感じる Careless People の煮えきらなさは、本の書きぶり以上にポストリベラルな現代のやるせなさかもしれない。Zuckerberg とか巨大権力すぎて告発の一発や二発で仕留められる感じがしない。権力の使い方が、随分とはしたない時代になった。

それと比べたとき、MeToo などの時代背景も含めテック内部告発の北極星として Susan Fowler の地位が揺らぐ日はまだしばらく来ない気がする。あまりにかっこよすぎた。でもそんなの、当人にとって全然望ましくはないのだろうね。


内部告発はその人の人生を定義してしまうのだろうか。

去年唐突にランニングにハマっていた頃、"DO HARD THINGS" という体育系自己啓発本を読んだ。「モダン根性論」の延長にある「モダン体育系」とでもいうべきリベラルスポーツ精神論が議論されており、結構良かった。著者の Steve Magness は共著の “Peak Performance” という本もベストセラー。売れっ子である。

そんな Steve Magness の podcast やインタビューをひやかしていたら、思わぬ発見があった: Steve Magness はかつて Nike のレースチームを内部告発していた

事件は 15 年前, 2010 年に遡る。当時の Steve Magness は件の Nike チームに雇われた新人コーチだった。そこでチームのボスが主導する規約違反のドーピングを目撃し、告発する。長い戦いの果てに Steve は勝利を勝ち取り、Nike のチームは 2019 年に解散した。

けれど自分にとっての Steve Magness は別に whistleblower ではない。理科体育会系自己啓発インフルエンサーである。推し活の勢いでうっかり過去を暴いてしまったに過ぎない。Steve Magness 自身も、いくつかインタビューに答えたり多少の whistleblower 活動はしているが、それが主たるアイデンティティーではない。

インタビューで語られるのも、むしろ whistleblowing の対価や苦悩である。ランナーとしての挫折から立ち直り、新たにコーチとして勝ち取った名門チームの仕事。内部告発はそれを台無しにしてしまった、のみならず、その後も大半の会社から煙たがられてしまう。Susan Fowler がセクハラ告発フェミニストとして煙たがられたように。

けれど Steve はそこでくじけず個人向けのコーチおよび物書きとしてキャリアを立て直し、十年以上の時を経て自分のような思いつきホビーランナーにすら認知されるに至った。本は売れているし、全然編集してない YouTube channel も大人気とまではいかないが濃いファンがついている。

Susan Rigetti は、会社の仕事をやめて小説家になったらしい。四年前に書いたデビュー作 はそれなりに売れた形跡がある。

Susan も、その過去をしらない誰かに発見されて欲しい。今でなくていい。次の小説でいい。次の次の小説でいい。どこかの新聞の書評欄で、ひょっこり再会できたらいいなと思う。


昔かいたもの: Revisiting Susan Fowler - 2017-12-30 / Spinach Forest